北陸新幹線で行く,はじめての金沢

お庭,お菓子,お魚,お酒が揃う城下町をまわるため,金沢出身・東京在住者が往復しながらヒントを書いていきます。

ニューヨークのフレンチの重鎮ブーレイ氏が日本料理を学びに,まず金沢へ

ザガットサーベイのフレンチレストラン部門でニューヨークでの上位を連続し,現在2位である名店ブーレイ。そのオーナーシェフが,10月末に一時閉店して,1か月ほど日本に日本料理を学びに来るそうです。最初の滞在地に金沢をご指定。

ニューヨークでのインタビューを載せた,ニューズウィーク日本版の記事がこちら。

読んで驚きました。一部を引用すると以下の通り。

日本に行って、まずは石川県金沢市で農業や漁業、懐石料理や和食のコンセプト全般について学んでくる。食に関して日本で最もハイクオリティな県は、石川だと聞いているからだ。あらゆる日本人が、農業と漁業は京都以上だと教えてくれた。食については、石川県が一番だと。

だそうです。日本版とはいえニューズウィークの記事で,京都と対比して石川や金沢が評価されるのは,ありがたいこと。日本全国,料理の議論は尽きませんが,少なくとも,魚介を中心とした食材の幅に関して,北陸の強みは納得できます。

どこか続報があるだろうと思っていましたが,いまだ見当たらず。現在は,8月はじめに,ブーレイの副料理長を含む4名が,金沢の料亭数店で4日間研修したことが報じられているところまで。

おそらく関連があるのでしょうが,ブーレイの10月末の一時閉店後に,オーナーシェフが金沢に来訪されるときの続報が期待されます。

北陸の売りは暖流と寒流の魚介が揃うこと

ブーレイ氏が挙げられているように,日本料理では,京都の歴史と集積が筆頭で,重要な参照基準。低温で時間をかけて引いた昆布だしをベースに,わずかな淡口醤油で,お椀が決まります。

金沢の名店でも,京都を中心に関西で修行された方や,さらにそのお弟子さんが,一定の勢力を保っています。それだけでなく,金箔も加賀友禅も茶道も和菓子も,もとをたどれば職人の招聘の多くは京都から。そこであえて金沢に料理を求めるとなると,京都の地物にない素材,とくに魚介類とその扱い方でしょうか。

海鮮全般では,今度は北海道と比較されますが,北陸の売りは,日本海側の寒流と暖流の魚介が幅広く地元で揚がること。北海道はずわいがにや甘えびはあっても,ぶりが少なく,白身ではたいの地物がありません。一方,九州はぶりやたいがあっても,ずわいがにや甘えびが揚がりません。

北陸は,ずわいがに,甘えびとともに,たいやのどぐろなどの白身が地物で揃います。ただし,地物のずわいがには11月上旬からと,漁期の制限があります。

そこで,ずわいがにでも,刺身が出てくると,産地に来た価値を感じます。

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生のずわいがには,氷水につけることで,身の端が細かく分かれます。通常のボイルしたものに比べて,身に透明感があり,しっとりした甘み。なお,氷水につける前の,捕ったそのままのものは,大ぶりのえびの刺身の弾力をさらに強めた食感で,それはまた独特です。

青いタグは,石川県水揚げのずわいがにブランド・加能がにを表すもの。このときは能登・蛸島港のものでした。写真は,漁期になるとはじまる,ホテル日航金沢の日本料理店・弁慶での地物のかにを主にしたコース。ボイルする前のタグ付きの1杯を見せてから,ゆでがにはもちろん,焼き物まで,味噌も適所で使う一品となるので,安心感があります。

魚卵や白子も使う

ほかに漁場の近さが効いてくるのは,魚介類の卵など,冷凍に耐えない部位も,使えること。甘えびなどで,その青い卵や頭の部分のみそをうまく使うのは,この地域のお造りや鮨の特徴。

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写真は,すでに閉店された小松弥助門下から独立された,志の助。現代では,尻尾をとって,状態に応じて卵などを合わせるのが,この水準の鮨店の仕事です。

内子と外子のある雌のずいわがに・香箱がに

独特の魚卵の筆頭と言えば,旨みの内子,食感の外子をともにもつ,雌のずわいがに。雌のずわいがには,日本海側の一部だけの漁で,石川県では香箱がにと呼ばれます。卵は長く持たないため,遠隔地の卸売市場を介する流通へは乗せにくいものです。

香箱の漁期は,11月上旬から12月末と短いのですが,近江町市場の魚屋に限らず,地場の食品スーパーでもふつうに売られます。料理としては,身を整えて,甲羅に盛り付ける技量が要ります。

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こちらは,金沢の料亭旅館・浅田屋から分かれた,東京の青山浅田。金沢の近江町市場にある水産卸・忠村水産などからの直送だからできる品で,東京で香箱がにを懐石料理の水準で食べられる店として貴重です。

当然,上の写真の形で海にいるはずもなく,食べていくと内子・外子・味噌の盛り付け方がわかります。あえて盛り付け方がわかる「断層撮影」を。

雌のずわいがに・香箱がにの盛り付け例

とくにオレンジ色の内子は,口の中でほどける甘味と旨味が他にないものです。お店によって,盛り付け方やあしらいは多様。添えてあるのは,加賀野菜・金時草(きんじそう)の湯葉巻き。どうすれば,おいしさと美しさを両立できるか,腕の見せ所でもあります。

一方,うまみの異なる部位を分けて盛るのも,別の美しさ。内子,外子,味噌,甲羅の身,脚の身を,別に盛り込んだ例がこちら。細切りの生姜が渡されるなどの仕事で,金沢のつば甚の一品です。

金沢・つば甚での香箱がにの一品

盛り付けの好みは分かれるでしょうが,どちらも他に替わる食材のないおいしさです。

新店のテーブルは輪島塗らしい

もう一つの驚きはこちら。

ここ(ブーレイの新店)では、日本の懐石料理のように感性の点で最高の体験が出来ることを目指す。懐石料理を食べていると、四季や自然を体感する。料理人ではなく、自然に触れている感覚だ。新ブーレイには触り心地の良い輪島塗のテーブルを置き、魅惑的でロマンチックな空間にする。

輪島塗は漆器でも特別高価なので,日本の同水準の料理店や旅館でもなかなかできないこと。しかし,深みのある漆の艶は,日本独特の美しさで,英語で漆器をJapanと呼ぶ由縁です。器にも,ぜひ沈金か蒔絵の細工があるものを。

漆の色合いで四季を感じる食といえば,庭の見える鮨カウンターが見本。たとえば,前出の金沢駅前の弁慶で,甘えびに卵とえび味噌を上のせした握りをどうぞ。

金沢・弁慶の庭の見える鮨カウンターでの甘えび,卵・えび味噌のせ

庭の木々が風にそよぎ,黒の背景に,凝縮された主食が映えるこの構図は,日本独特です。

茶碗蒸しはフランス料理が源流とのこと

さて,記事で最も驚いたのは,次の部分。これもニューズウィークに語ったブーレイ氏のインタビューの引用で。

例えば、ブーレイのメニューの1つに黒トリュフと鰹ダシ(出汁)をマリアージュさせた茶碗蒸しがある。茶碗蒸しはフランス料理では「フラン」といって、もともとはフランス人が日本人に教えたものだ。フランス人は、伝説的なシェフであるオーギュスト・エスコフィエ(1846~1935年)の時代からフランを作っていて、その少し硬めのフランを日本人が軽めにアレンジした。私が作る黒トリュフのフランは新しいわけではなく、単に(従来のフランと)食感が違うだけだ。

「茶碗蒸しはフランス人が日本人に教えたもの」というのは,フランの生クリームをだし汁に替えると,茶碗蒸しになる,という意味でしょうか。それと対応して,ブーレイの一品には,かにのフランもあるようです。

それなら,金沢で食べた茶碗蒸しから,フォアグラの茶碗蒸し。

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フォアグラを卵液に入れるのではなく,銀餡の層に載せてあるのがひと工夫で,食べ進むほどに意外な調和です。こちらは金沢の金茶寮での懐石の一品で,当然ながら,内容は季節や仕入れで変わります。

金沢の茶碗蒸しで特筆ものとしては,つる幸のスペシャリテともいえる,かに味噌を添えた茶碗蒸し。

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このときは八寸の一品で。独特の濃厚な旨味とこくのあるかに味噌が,あえて冷凍された板状で上のせされています。下の層の温かい蒸し物に,とけてからんでゆくことで,味と香りの変化が楽しめます。

茶碗蒸しが,卵液を固めるというフランス料理の技術を取り入れたものだとすると,同じ蒸し物のジャンルでは,かぶら蒸しの方が,日本に昔からあったものなのでしょう。金沢で多いのは,かぶらより「もっちり」した,蓮根を使った蓮蒸し。

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和菓子やアイスクリームなどに比べて目立ちませんが,実は蓮根の家計消費も,県庁所在都市などでは金沢市がトップです。

こちらも前述の青山浅田。蓮蒸しはいろいろな店でよく食べて,写真も結構撮りましたが,絵として一番きれいなのはこれでした。かにの甲羅という器は重要で,記憶に残ります。蒸し上げられて,あたたかくもっちりした蓮根のすり身に,部位の違うかに身がうまく包まれています。

魚介の素材は,料理では際物にされがちですが,旨味を引き出したり組みあわせる技術には,日本の独自性があります。 こうしてみると,フランス料理のアレンジに使える食材や料理法も,いろいろとありそうです。