金沢のホテルが満室ぎみで,価格(客室料金)が上昇していると言われます。たしかに宿泊客数は増えたものの,全国平均も伸びていることは,過去記事にしました。
それでも一部で,他都市よりも値上がりしている現象があるのはなぜか。ホテルの層(安い方も高い方も)が大都市に比べると薄く,少しの需要変動でも稼働率が大きく動くからでしょう。その状況を知るには,供給側の条件もあわせた客室稼働率のデータが参考になります。
石川県の客室稼働率は前年比約9%ポイント増
データの出所は,以前の記事と同じ観光庁の宿泊旅行統計調査で,稼働率については都道府県単位の集計。従業員10人未満の小規模施設では,標本抽出調査という注意点があります。
なお,金沢市は金沢市観光調査の一部として,全数調査をもとにした月次の宿泊者数や稼働率を年ごとに公表していて,その経過が随時報道されてもいます。ただしそれでは,全国平均や他地域と比較ができないので,ここでは比較できる観光庁のものを挙げておきます。
客室稼働率(%) | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 4月~8月平均 | |
2014 年 |
全国 | 70.9 | 67.7 | 69.6 | 73.3 | 77.7 | 71.8 |
東京都 | 87.3 | 78.0 | 82.1 | 85.3 | 85.4 | 83.6 | |
京都府 | 86.8 | 78.5 | 74.5 | 73.3 | 82.4 | 79.1 | |
石川県 | 69.3 | 70.6 | 67.7 | 71.3 | 83.4 | 72.5 | |
2015 年 |
全国 | 73.7 | 74.2 | 73.2 | 78.1 | 80.7 | 76.0(+4.2) |
東京都 | 86.3 | 83.2 | 84.1 | 93.2 | 86.2 | 86.6(+3.0) | |
京都府 | 87.1 | 83.1 | 80.7 | 87.2 | 87.5 | 85.1(+6.0) | |
石川県 | 76.3 | 80.7 | 79.6 | 82.3 | 87.8 | 81.3(+8.8) |
客室稼働率(%) | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 4月~8月平均 | |
2014 年 |
全国 | 77.6 | 75.2 | 75.0 | 77.5 | 82.1 | 77.5 |
東京都 | 87.2 | 81.4 | 80.6 | 83.0 | 83.6 | 83.2 | |
京都府 | 89.5 | 81.4 | 74.2 | 75.5 | 84.2 | 81.0 | |
石川県 | 81.8 | 77.5 | 73.7 | 68.3 | 80.6 | 76.4 | |
2015 年 |
全国 | 80.3 | 80.3 | 78.6 | 82.2 | 85.2 | 81.3(+3.8) |
東京都 | 87.2 | 83.4 | 80.6 | 86.0 | 84.9 | 84.4(+1.2) | |
京都府 | 93.4 | 88.9 | 84.8 | 86.1 | 90.3 | 88.7(+7.7) | |
石川県 | 85.4 | 84.2 | 85.8 | 83.5 | 89.0 | 85.6(+9.2) |
4月から8月平均を新幹線開業前の前年2014年と比べると,ビジネスホテルでは,全国平均で4.2%ポイントの伸びに対して,石川県は8.8%ポイントの伸び。シティホテルでも,全国平均で3.8%ポイントの伸びに対して,石川県は9.2%ポイントの伸びです。たしかに,伸び幅では全国平均や東京,京都を上回っています。
全国平均の伸びを上回る5%ポイント程度が新幹線効果?
この増加のうち,北陸新幹線の効果というと,全国平均の伸びを上回る伸びといえる約5%ポイント分にあるのでしょう。表には掲げていませんが,富山県も同じ傾向で,全国平均よりも大きく伸びています。
ただし,石川県の客室稼働率は,伸び幅はたしかに大きいものの,大都市圏である東京や京都の水準に浮上しただけです。これで,従来の稼働率を脱して,ようやく設備投資が考えられるマーケットになったということでしょう。
なお,客室稼働率が全国平均でも前年比で4%ポイント程度増加,日本を代表する観光地京都で6%ポイント超増加している理由は,観光ブームというよりはマクロ経済の動向です。家計の実質所得が今年4月から反転上昇していたことと,円安の進行による外国人客の増加(8月の全国の宿泊者数で前年比59.5%増)です。
もっとも,この9月から,家計調査や景気ウォッチャー調査にある家計消費関連の指標は悪化しているので,全国の推移もここから先は不透明です。
費用に見合う価格に戻すのは,新規開業による供給の増加
この状況で,供給側の条件である客室数は短期的には固定していますから,需要の増加に伴って価格が上がるのはマーケット・メカニズムどおり。
しかし,そのまま市場に任せていても,価格が上がり続けはしません。費用を上回る価格が付けられることが,新規参入を促し,そのうち供給が増えるからです。参入と退出が自由なら,長期的には価格は限界費用の水準に収束するので,心配は要りません。価格を下げるのは,自由競争による供給の増加です。
実際,地方でも大都市である広島や仙台の1日あたりの宿泊客数は,冒頭でリンクした記事のように,金沢の1.4~1.5倍程度と,より多数の客を受けています。そんな大都市でも,シングル4000円程度からあるのは,現在の金沢よりもホテルの客室数が圧倒的に多いからでしょう。
後述しますが,すでにホテル業者の様子見は終わり,北國銀行旧本店と別棟跡地にビジネスホテルの開業計画が2軒分伝えられています。値上がりの解消のために本質的なのは,こうした新規の開業です。
全国平均の稼働率が妥当なら,現在の需要ではあと533室必要
では,ホテルの客室があといくら増えれば,以前の価格や全国の他都市並みの価格になるのか。簡単な試算をあげておきます。
前述の金沢市観光調査では,2014年末での市内の客室数は,ビジネスホテルが6159室,シティホテルが1712室です。現在の実需要をはじくには,この客室数に2015年開業の彩の庭ホテル64室,ABホテル金沢126室を加えて,2015年の稼働率をかければよいでしょう。すると,ビジネスホテルで6349×0.813=5162室分,シティホテルで1712×0.854=1465室分の需要が,いま現在存在します。
開業前の稼働率に戻すには,あと977室?
以前の価格に戻すには,以前の稼働率になればよいというなら,新幹線開業前2014年の稼働率が一つの目安になります。すると,ビジネスホテルで5162/0.725=7120室,シティホテルで1465/0.764=1918室が妥当です。この客室数にするには,現状に比べて,ビジネスホテルで7120-6349=771室,シティホテルで1918-1712=206室分の増設が必要。
ただし,上の想定では,将来の新幹線開業による需要増を見込んで新設されていたホテル(2013年開業のホテルトラスティ金沢香林坊207室など)を含んでいます。これら新幹線開業直前に新設されたホテルは,開業前の稼働率では低すぎて耐えられないかも知れません。それなら,開業前の稼働率の状態に戻すというのは,過大な増設の想定です。
全国平均の稼働率に戻すには,あと533室
他地域と同水準の稼働率なら,値上がりも問題にならず経営も維持できる水準のはず。そこで,現在の全国平均の稼働率にまで戻すことを想定してみます。すると,ビジネスホテルで5162/0.760=6792室,シティホテルで1465/0.813=1802室と,それぞれ443室,90室の増設が必要です。
2014年の稼働率 | 全国平均の稼働率 | |
ビジネスホテル | 771 | 443 |
シティホテル | 206 | 90 |
こうしてみると,シティホテルはあと1つ成立するか微妙ですが,ビジネスホテルは約2軒,不足しています。
需要のうち一過性の部分は一部,価格が現在より下がれば需要は増える
上記の評価の注意点は,需要が現在のままであることと,それが価格に依存しないことを前提としていることです。現在の需要のうち一過性の部分が大きいほど,この予測は過大でしょう。一方で,今後の供給の拡大で客室料金が下がり,宿泊需要が現在よりも増加すると考えるなら,過小な評価です。
なお,新幹線の時間短縮効果は一過性ではなく永続的ですから,一部に反動減があっても,新幹線開通前の元の需要まで戻ることはありえません。これまでの新幹線開通都市もすべて,いくらかの反動減を数年でこなしただけで,開通前の水準にまで戻ったところはありません。
地場の異業種と東京からの参入がすでに3件,今後2件
2015年3月の新幹線開業に合わせためぼしい開業は,
- ホテルマイステイズ金沢(東京のホテル業者の進出)
- 金沢彩の庭ホテル(金沢の高田産業が独自のブランドで,ホテル初参入)
- ABホテル金沢(金沢の北陸鉄道が,愛知県のビジネスホテルチェーンのブランドでホテル初参入)
にとどまります。ここまでは,上の計算に織り込み済み。それらに加えて,あと533室です。
今後は,2017年度の冬に、近江町市場徒歩2分ほどの北國銀行旧本店とその別棟の跡地に,2つのビジネスホテルが開業します。
- ユニゾイン金沢(約200室)
- ドーミーインの金沢2店目(部屋数未公表)
敷地の一部はマンションとしての開発でもあり,両方を合わせた客室数は未公表。それで,この開業で妥当な稼働率に戻るのか,まだ足らないのかは不明です。しかし,こうしてホテルの客室の供給は徐々に増え,価格は費用に見合う水準まで下がっていくのだと思います。価格が以前の水準に戻る目途,たとえば混雑時でも4000円程度の部屋が残るようになるのは,この2棟が開業する2017年度の冬でしょう。
ただし,これら参入は,いずれも異業種か,他地域の業者で,地場の宿泊・飲食業者の増設ではありません。地場の有力業者は昨年,少し驚くような展開を。
老舗料亭を筆頭とする地場の外食グループは開業半年前に売り
一方で,老舗料亭浅田屋をフラッグシップとして,石亭,松魚亭,六角堂をもつ金沢の高価格帯の外食・浅田屋は,新幹線開業の半年前に金沢国際ホテルを売却しています。その少し前に,ひがし茶屋街の懐石料理店・螢屋も閉店し,そこは金箔メーカー・箔一の金澤東山しつらえになっています。これから需要が増すという,新幹線開業前にです。
売却先は,浜松市に本拠をもち,東海地域に多様な層のホテルを展開する呉竹荘。以前の記事の都市別の宿泊者数の順位でわかるように,浜松自体は宿泊のマーケットが金沢と同規模。そこからの新たな投資です。
金沢の飲食と宿泊の顧客情報がもっとも蓄積されているだろう企業の一つが,新幹線開業前にホテルを売却しているというのは,内部情報のない一般人にとっては,保守的すぎる出口戦略に映ります。
しかし,百年以上の老舗の業歴を考えると,その中で金沢が相対的にオーバーバリューになる可能性がもっとも高いのは,この新幹線開業前後数年なのでしょう。ならば,この地域での百年単位の時間的視野で見れば,現在は売り場なのかも知れません。
ANAの売り物を買った星野リゾート
もう一つ特筆すべきなのは,星野リゾートが,金沢駅兼六園口(東口)前のANAクラウンプラザホテル金沢を買収することを2015年7月に発表し,先日11月2日に完了したこと。
国内不動産取得完了に関するお知らせ(星野リゾート・リート投資法人)
ただしこれは,富山・広島・福岡とあわせたパッケージで約360億円での購入。そのうち金沢は,66億円での取得です。またこれは,所有権の移転だけで,当面の営業は現組織のまま,ブランドや客室数にも変動はありません。
もともとANAは,リーマン・ショックで痛んだ財務を立て直すために,旧全日空ホテルの何棟かを,外資系ファンドに売却していました。それら物件の一部を,今度は外資系ファンドから星野リゾートがまとめて購入したもので,地方都市のシティホテルへは初投資となります。
ただし,これまでの星野リゾートの戦略である,行き詰まった旅館やリゾートを底値で買って再生し,星野リゾート・リートを構成していく手法と,大きく異なります。順調な稼働率の物件を,他社と競合してまでの価格で取得して,他よりも高いリターンが得られるのか,多方面でその投資方針が論評されています。
兼六園・ひがし茶屋街ともに徒歩数分のシティホテル(207室)はいま
金沢の地場のホテルが保守的な理由の一つは,新幹線開業を待てず,いくつかのホテルが営業を終えた事実を知っているからでしょう。それは,東京一極集中の陰で縮小していく,すべての地方都市に共通する課題。
数十年に一回の新幹線開業のようなファンダメンタルズの飛躍的な改善や,現在のような持続不可能な金融緩和による円安局面を除けば,地方都市の宿泊需要は長期的には縮小傾向です。すでにどの地方も,そしてこれからは大都市も,今後ずっと人口は減少し,日本の宿泊需要全体としては減っていきます。そこには,地域間の競争があるのみです。
象徴的なのは,旧・金沢シティモンドホテル。現在は,シティモンド金沢です。
兼六園とひがし茶屋街を結ぶ周遊バスが前を通る立地。しかも,兼六園桂坂口から徒歩8分,ひがし茶屋街の広見から徒歩7分と,ほぼ中間地点です。ここに,207室,14階建のシティホテルがありました。現在でも,外見はシティホテルです。
最上階に通しの窓があるところが,そこにレストランとバンケットがあったことの名残り。入口も,敷地内に屋根のある車寄せをもつ構造です。ホテル営業を続けられていれば,現在の需要なら1か月先あたりまで満室にできていたはずで,金沢の宿泊施設の厚みと,手頃な価格付けに貢献していたでしょう。
この旧ホテルは,地元の医療法人・社会福祉法人のグループが,賃貸タイプの介護付老人ホームに転換して,順調に稼働中。複数室を1室とするようなリノベートも一部に加えて,ゆとりのある居室をつくり,ロビースペースなどを施設内往診と外来を受ける内科・整形外科クリニックとしています。ビジネスホテルよりも,客室外のスペースが多いのが,この種の転用に奏功したようです。
ホテルも介護施設も,ホスピタリティを旨とするするサービス業。ホテルとしては遠い将来に過剰設備が懸念される場合でも,ひとをもてなす空間として福祉用途に転換できた方が,永続的な経営と社会への貢献ができるということでしょうか。