兼六園はもともと全国から旅行者が集まるところで,人を案内して周辺でご飯を食べるとき,バスツアーなどの団体客を受け入れるお店になりがちなのが悩ましいところでした。もちろん,客の入りの多い観光地では,どこでもそうなりがちですが。
そこに昨年,古いお庭を眺めながら一品ずつ運ばれるコースを満喫できる会席料理店が生まれました。それがかなざわ
前田家の重臣の庭なので当然ですが,兼六園下交差点から徒歩3分ほどと兼六園の観賞とセットにできる立地で,旅行にも好都合。
経営されるのは近隣・山代温泉の名旅館・瑠璃光で,料理長や女将さんは金沢だけでなく日本海側を代表する料亭つる幸出身と伝わっていて,この地域の和のもてなしの深さを期待できる内容です。追記ですが,2016年刊行のミシュラン富山・石川(金沢)特別版では,星1つを獲得しています。
お庭は約720坪の池泉回遊式。兼六園横の兼六坂沿いの高低差で10m超はある自然の崖地に,上下2段の庭を石段でつないで,滝を流すつくり。
食事をいただけるのが,瓦屋根の下,明かりがついているところ。
灯籠に蒸した苔の厚みが時代を語ります。古色蒼然も,現代の庭では得がたい価値です。
こちらは冬に寄らせてもらったときのもの。金沢の冬を象徴する雪吊りがはまります。
さて,歴史的に希有なものが園内に残っていて,下の写真の隠れキリシタン灯籠。
日本庭園の古典的な灯籠にない,根元ほど細くなっていく独特の形状で,見ようによっては全体として十字架の形状。その根元に聖マリア像と思わしき像が彫られていて,それを植え込みで隠していたという言い伝えのようです。
現在,植え込みはなくなり,聖マリアの彫像はこの写真のようにうかがえる状態。信仰上,はたしてこの位置に聖母像を彫ることがあるのか,解釈はいろいろあるでしょうが,この形状の灯籠がそのまま残っているのは珍しいことでしょう。
Hidden Christian Stone Lantern in Gyokusen-en Garden of Kanazawa Gyokusen-tei
(near Kenrokuen Garden in the heart of Kanazawa)
This lantern takes the form of the Christian cross and has the carved image of Virgin Mary at its foot. The garden including the lantern was built by a chamberlain to the Kaga Clan, Naotaka Wakita, who might be influenced by the Christian daimyo Ukon Takayama living in Kanazawa from 1588 to 1614.
この由来は長くなりますが,金沢の観光ガイドで書いてあるものが少なく,ここにまとめておきます。
まず,戦国時代に日本でカトリックを布教し,近くローマのカトリック教会から福者に認定されるという摂津(大阪)のキリシタン大名・高山右近が,禁教令によって1588年に豊臣秀吉から遠隔地の前田家に預けられ,1614年まで金沢に住んでいたという,金沢観光本にはあまり出てこない史実があります。
当時の藩主・前田利長は家臣にもカトリックの信仰をすすめていたため,この庭を築いた同時期の前田家家臣・脇田直賢も,隠れキリシタンだったという説があり,それで藩の石工に作らせて,ここに置いたとのこと。
その隠れキリシタン灯籠を左奥に遠望する形でテーブル席が設けられて,お食事が進んでいます。
寒い時期で使われていませんが,アジアン・テイストのテラス席と,右手前の朽ちるような形状で苔蒸した灯籠も,ここにしかない取り合わせ。
奥に映り込んでいて雰囲気がわかるように,このクラスの日本料理店まで来ると,仲居さんはもちろん和服です。
観光での短時間の食事に適した,先ほどのようなテーブル席もある一方で,せっかくなので,ゆっくりコースを食べられる個室をリクエスト。
こちらは,金沢らしい朱塗りのお部屋で食べたときのもの。和室ながら,椅子席や掘りごたつ式の席なので,正座が苦手な方でも問題ありません。外国からのお客様に,苦痛なく日本文化を味わってもらいたい時にもおすすめ。
下の別の和室のときも,掛け軸に生け花のしつらえ。いずれも個室は,料亭水準の和空間です。
まずは,桜湯で味覚を整えます。ナプキンを結んである水引も,今なお水引専門店が残る金沢らしいところ。
江戸時代のお庭を眺めての会席料理,この後朱塗りの酒器で,この時期は白酒の一献から。
蛤の飯蒸しを梅の花のあしらいで。器に霧をふってあるのも,懐石料理のならわし。
八寸を二段のお重で。
早春らしく,白魚のアクセント。北陸らしい,漁の解禁間もない蛍いかも。
お椀は真丈の上に桜鯛。
お造りは,春先で初鰹に,地物の甘えびのほか,白とらえび。
こちらの蓋物は,現代の九谷焼,上出長右衛門窯。赤絵を幾何学的な図柄で踏襲しながら,蓋に犬を乗せる遊び心。六代目が意欲的なことで知られます。
春先で,若筍を昆布のお出しで。
お肉が一皿入って,岩塩で。
ここで,サプライズの最中。
ですが,お菓子ではなくて,食べてから中身を当てる趣向。書けるのはここまで。
そして,こちらのスペシャリテ。真っ白な細かい泡が器を覆い,頂に金箔のあしらい。
こちらは暖かい玉締めというべきか茶碗蒸し。これを写真に撮るのが難しく,別の時期の方がよい写真がとれたので,そちらを在庫から。
この泡は日本海で採れる天然のもの由来で,波の花をイメージとのこと。それでいて,かなり長い間消えないのが驚き。この時期,バブルは消えないうちに楽しむものかも。
能登の鮑を,治部煮風のやや甘手の味付けで炊いたもの。ほてほての煮加減に,やはり治部煮にアクセントを添えるわさびが効きます。
焼き物は白身の王様となったのどぐろに,あしらいは茗荷に細かなキャビアをかけて。小皿には,一閑人さんがいらっしゃいます。
別日にいただいたときは,蟹の身をちりばめたあんかけでした。
ご飯は釜炊きで,お釜ごとお部屋へ。
デザートは柑橘を丸ごとくりぬいて。
正式の会席料理ということで,粒餡を落雁で挟んだお菓子とお抹茶(お薄)を最後に。
江戸時代からの落雁の老舗,諸江屋さんの万葉の花の表面に,こちらの庭に古く自生する水芭蕉の紋が特注で入っているもの。お干菓子なのに,適度な餡のためにしっとりしている創作です。最後まで,江戸時代からの重みと現代の創作を調和させるお料理,ごちそうさまでした。
なお,テーブル席でのお菓子とお茶だけでの庭園観賞もあり,そちらは予約なしでも空席があれば可能のようです。
金沢城公園内にある,似た名前の庭園と間違えやすい
なお,金沢城公園内に復元整備されて3月7日にオープン予定の庭園・玉泉院丸庭園は,非常に似た名前ですが,まったく別の新しいお庭です。こちらとは徒歩圏とはいえ,まったく違う場所ですので,注意してください。かりに間違えても,道を知っていれば,プラス10分程度と思いますが。