読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

北陸新幹線で行く,はじめての金沢

お庭,お菓子,お魚,お酒が揃う城下町をまわるため,金沢出身・東京在住者が往復しながらヒントを書いていきます。

国立近代美術館工芸館が金沢に移転へ

地方創生政策の一環で,東京・千代田区の北の丸公園にある国立近代美術館の別棟・工芸館を,金沢市の兼六園に隣接する本多の森に移転することが決まり,今後の協議に入りました。数年以内の移転が目標とのことで,各紙で同様に報道されています。

その根拠は,工芸分野の人間国宝が東京都9人,京都府9人と並んで石川県も9人という成果です。これを人口100万人当たりでみると,石川県が7.76人(2015年)で,東京・京都を大きく上回って全国1位。全国平均が0.46人ですから,その16.8倍と突出しています。想像されるように,国としての贈答品にも重用される輪島塗,九谷焼をはじめとする貢献は大です。

現在の工芸館は北の丸公園の中

移転元と移転先の両方を眺める機会があり,まず北の丸公園にある現在の工芸館から。

f:id:KQX:20160329014252j:plain

ネット上では誤解もあるようですが,地下鉄の竹橋駅から橋を渡ってすぐ右手の国立近代美術館本館は,移転対象ではありません。国立近代美術館とだけ言われると,多くの人は,三國シェフのラー・エ・ミクニでも知られる,直線的な外観の本館を想像されるでしょうが,そちらは動きません。

移転対象の工芸館は,北の丸公園をさらに進んだ,上の写真の別棟です。ゴシック様式のこの建物は,明治43年(1910年)建築の旧近衛師団司令部庁舎。

f:id:KQX:20160329015323j:plain

重要文化財指定で歴史の重みあるこの建物は,当然移設不可能。皇居隣接のこの地に残り,近衛師団とは特別関係ない中の所蔵品だけが金沢へということなのでしょう。

往時をしのばせる尖塔部。

f:id:KQX:20160329015930j:plain

2階内部も,明治から大正の香りがします。

f:id:KQX:20160329021907j:plain

師団の中でも別格だったことを感じさせる空間です。ここにあることに特別の価値がある明治後期の近代建築ですから,それと整合的な建築・歴史分野の展示などに活かす途がありそうです。

人間国宝の展示に輪島塗が

所蔵品は約3300点と多いのですが,展示室は2階建のこの建物のうち,2階部分だけ。展示されている比率はごくわずかです。その展示室も多くは企画展用で,現在の常設展示は,人間国宝・巨匠コーナーだけのようです。

石川県ゆかりのもので現在展示してあるのは,こちらでした。

f:id:KQX:20160329021049j:plain

輪島塗の沈金技法での人間国宝・前大峰作の沈金蝶散模様色紙箱。

f:id:KQX:20160329021641j:plain

工芸作品のため,作者など関係者が撮影禁止していない所蔵品ならば,他からの貸与等の権利関係がない限り,原則として撮影できるのがありがたいところです。展示品ごとに,撮影不可のものが明示されています。

少し斜めから絞りを変えてみると‥

f:id:KQX:20160329022441j:plain

絞りが難しく,沈金の極限までの細かさは,写真ではうまく表現できません。立体感のある蒔絵とは別方向の,なめらかに輝く美しさ。室内の展示品用の照明で,厚いガラス越しで撮るのは,難しいですね。

お里帰りとなる所蔵品も14名以上

金沢移転時にお里帰りとなる石川県出身者の所蔵品をデータベースから探すと,漆器では沈金の前大峰氏,前史雄氏,髹漆の塩多慶四郎氏,小森邦衞氏,蒔絵の松田権六氏,寺井直次氏,大場松魚氏,中野孝一氏,螺鈿の北村昭斎氏,九谷焼の三代徳田八十吉氏,大樋焼の大樋年朗氏,鋳金の蓮田修吾郎氏,銅鑼の三代魚住為楽氏,木工の川北良造氏と,次々と発見できます。いずれも人間国宝や文化勲章受章者。以上は気付いたお名前で検索しているだけで,完全な検索はできていません。

山代温泉と金沢にゆかりのある北大路魯山人の作品も

知名度の高さでは,北大路魯山人の作品8点(織部蓋物など)の所蔵が興味深いところ。人間国宝の指定を辞退した,その陶芸をはじめ,星岡茶寮を設立するなど,料理の見識でも広く知られています。ただし,もとは書家・篆刻家で,陶芸との出会いは,加賀市・山代温泉の旅館の看板の篆刻を兼ねて逗留し,九谷焼の須田菁華窯を訪れたとき。仕事を紹介したのは,当時滞在していた金沢の商家で書家でもあった細野燕台*1。この間,金沢の料亭・旧山の尾にも通っていて,魯山人による看板や器などがその窯元と旅館,料亭に残されています。

これら所蔵品をもつ工芸館が,後にあげる金沢の候補地に移転すれば,敷地も展示面積も拡大できますから,常設展示品の割合も高まり,さまざまな企画展の可能性も広がるでしょう。

伝統工芸だけではない所蔵品

現在の工芸館の裏に回ると,サプライズにも思える現代美術がありました。

f:id:KQX:20160329023523j:plain

工芸館の建物側から見ると,インパクトのある造形です。

f:id:KQX:20160329024146j:plain

橋本真之作,「果樹園―果実の中の木もれ陽,木もれ陽の中の果実」。

f:id:KQX:20160329025226j:plain

この上から垂れている部分が熟した果実でしょうか。

f:id:KQX:20160329024616j:plain

個人的には,吸い込まれそうなこのショットが一番記憶に残りました。

f:id:KQX:20160329030210j:plain

現代の工芸も含む所蔵品のどこまでが金沢へ行くのか,どう展示されるのか,興味深いところです。21世紀美術館で,伝統の枠を超えた衝撃のある作品には慣れていますが,さてどうでしょう。

金沢で設置できる場所は,すぐ下の写真のように背景が明治末期から建造の重要文化財はもちろんのこと,周囲の庭園など様々にあります。

移転候補地は本多の森で,明治の重要文化財の隣

行先として提案されているのは,石川県立美術館石川県立歴史博物館加賀本多博物館が集まる本多の森。この赤煉瓦の建物も,明治の終わりから連続して竣工された重要文化財です。

f:id:KQX:20160402004128j:plain

これが3棟並んでいて,石川県立歴史博物館と加賀本多博物館として使用されています。

f:id:KQX:20160402005042j:plain

もとは,旧陸軍兵器支廠で1909年からの竣工。竣工年は,現在の東京の工芸館の建物の1年前からという奇遇です。なお,この建物はもともと芸術に縁のある用途で,県立歴史博物館になる前は,金沢市立金沢美術工芸大学の校舎でした。

f:id:KQX:20160402010143j:plain

明治末期からの建物が,すでに100年以上,戦災にあわず移設もされず,この場所に維持されています。おおむね同じ様式で3棟とも重要文化財なのは,全国でここだけです。

横から見た写真でわかるように,洋館なのに屋根が釉薬による光沢のある黒い瓦で,金沢周辺に独特な建材だとわかります。屋根瓦の色は意外と地域性の強いもので,それが旅先での建築めぐりの楽しみの一つ。金沢の屋根瓦が黒い理由は,屋根の雪を早く溶かすためといわれます。

f:id:KQX:20160402011356j:plain

明治から現代までの景観を撮れるロケ地にも

機会をみてじっくり撮影してみましたが,許可が下りればよいロケ地です。

背景にビルや公道が入らない構図が多くとれる。電柱と電線がまったくない。3棟並列のため,建物の間や重なりを利用した構図や,順光と逆光両方を試せる。晴天なら黒い瓦が照り返す。周囲が公園で,車の通行が駐車場の出入りだけ。前面にアスファルト舗装や白線がない。明治から現代までの建物の設定が可能で,様々な人物や衣装と調和する。

これらは別の話になるので,そのうち記事にしてみます。

用意されるのは右隣の土地

新工芸館となると,この建物を使うのではなくて,この写真の右奥。元の加賀本多博物館(旧藩老本多蔵品館)の跡地と,文化財修復部門の入る石川県庁出羽町分室の位置が建設候補地のようです。そこを最近撮った写真では,こうなります。

f:id:KQX:20160331020312j:plain

写真の奥の白いフェンスに囲まれた位置です。旧本多蔵品館の位置で,それがこの赤煉瓦の建物の一棟に移転して,広い土地が空いたもの。右の木の奥に隠れている建物が,現在の石川県庁出羽町分室です。

建設可能な敷地面積は,現在の北の丸公園の工芸館よりもかなり広いですから,里帰りとなる所蔵品も含め,とくに常設の展示品が大幅に増える効果がありそうです。

隣接する美術館は一定の入館実績

ちなみに,この敷地一帯で入館者数がもっとも多いのは石川県立美術館で,2015年に444,309人。次いで先ほどの赤煉瓦の県立歴史博物館で,リニューアル後の2015年4月から12月の9か月で157,575人,徒歩10分圏の金沢21世紀美術館は方向性は違うものの,2015年で2,213,780人です*2。いずれも,現在の東京の工芸館の入館者数を上回っています。

徒歩圏に江戸時代の重要文化財も

この本多の森は,特別名勝・兼六園の隣地でもあり,重要文化財・成巽閣(せいそんかく)が徒歩3分くらい。

f:id:KQX:20160402052933j:plain

幕末の建造になる,加賀藩主前田家の奥方御殿です。

f:id:KQX:20160329040038j:plain

中間に柱のない軒を,てこの原理で支えるという,当時としては凝った建築技法で,仕切りを最小限にして,庭を横に見通せる工夫です。

f:id:KQX:20160329040817j:plain

江戸時代の建築だけでなく,造園技術さらに灯籠や蹲も含めて,この風景の成立も,日本にしかない工芸の1つでしょう。

徒歩圏に美術工芸品と建築・庭園が集積

観光向けには,過去記事の以下のルートの散策が,徒歩5分から10分圏という利便性です。滝の流れる美術の小径を下れば,21世紀美術館へも徒歩10分程度。

なお,県立美術館も中村記念美術館も,展示品の写真撮影はほとんど不可なので,記事の中身はお散歩ですが,参考までに。

そういうわけで,移転先の候補地には,江戸時代と明治時代の重要文化財の建物2組,江戸時代作庭の特別名勝の庭園,さらに県立美術館の所蔵品に国宝2点が集積しています。また,ジャンルは異なりますが,認知度の高い21世紀美術館や現代建築の試みといえる鈴木大拙館も徒歩10分圏で,工芸館と相乗効果のある文化ゾーンが形成されていることが,集客に活かされそうです。

*1:北室南苑,『雅遊人細野燕台-魯山人を世に出した文人の生涯』,改訂版,里文出版,1997.

*2:博物館・同類似施設・兼六園の入場者数(金沢市)