北陸新幹線で行く,はじめての金沢

お庭,お菓子,お魚,お酒が揃う城下町をまわるため,金沢出身・東京在住者が往復しながらヒントを書いていきます。

ジャパンディスプレイ(JDI)白山工場が12月稼働:iPhone向け液晶パネル月700万台分の生産能力

金沢駅から車で30分にスマホの液晶パネル工場

金沢駅兼六園口(東口)にあるホテル日航金沢の30階からは,写真のように,日本海の海岸線と水平線が見えます。

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金沢駅から車で30分かかる場所ですが,それでも海岸線に直方体の建物がわかります。

1700億円をかけて建設された,ジャパンディスプレイ(JDI)の白山工場です。資金の大半を前払いしたアップルが,iPhone 7に使う液晶パネルの納入用に作らせた工場の一つ。

ジャパンディスプレイ白山工場(金沢駅から車で30分)

2016年10月に完成していながら,需給を見極めるために本格稼働は先送りしていたもの。その稼働が,日刊工業新聞で12月中と報道されました。ただし,企業サイトのニュースリリースには発表がありません。

ジャパンディスプレイは,スマートフォン用の液晶パネルの生産で,韓国のLGに次ぐ世界第2位。後で書く日経によれば,この白山工場は,スマホ換算で月産約700万台分(1.5m×1.85mで25000シート)の生産能力をもちます。ジャパンディスプレイの基幹工場の1つで,石川県で3工場目です。

12月8日に日経が続報したので,この部分を追記。

追加的な情報としては,2016年12月中に,3から4割程度の稼働率で稼働を開始,年明け以降に受注動向によって生産量を増やすとのことです。

日経の続報で明らかになったポイントは,iPhone 7向けパネルを,アップルが設備投資資金を前払いした,生産性の高い白山工場で生産し,空いた千葉・茂原の工場で主に中国メーカーのスマホ向けパネルを作るというシフト。今後のiPhone向けは,白山工場に集中させる方針,と読んでいいのでしょう。

フル稼働ならiPhoneの数台に1台の液晶は白山工場製に

iPhoneの販売台数は,2016年の7~9月期で4551万台*1。また,iPhone 7は,9月の発売から年末までに約7000万台の販売ペースなどと各所で予測されています。

すると,フル稼働で月にスマホ700万台分生産された液晶がアップルに納入できれば,世界で販売されるiPhoneの数台に1台ほどの液晶は,この工場製のものになります。それほどに大きな投資で,成功すればジャパンディスプレイだけでなく,地域にも相当の波及効果をもたらします。

手元にあるので説明しやすい産業の一つ

これまでは,「金沢って何あるの」と聞かれたとき,観光以外では簡単な説明ができにくかったもの。これで,「iPhoneの液晶パネルの工場が,金沢駅から車で30分のところ」と説明できるようになりました。愛知の自動車関連,富山の医薬品やアルミ建材のように,石川で液晶パネルというわかりやすい製品ができたのはよいことです。

工場は,北陸自動車道のすぐ北側で,白山インターの少し美川より。小松空港から金沢駅へのリムジンバスの左側車窓に大きく見えます。キリンビール北陸工場の跡地で,昔ビール,今液晶パネルです。とはいえ,半導体工場は機密と防塵が絶対で,見学コースなどはまったくありません。

日経は厳しい事業環境を伝えていたが,敵失で好転か

完成披露式典は,10月18日に開かれていたところ。

それを報じた日経では,iPhone 6sの売れ行きが下方修正されたことで,稼働時期未定とされていました。稼働の続報は,12月8日になってからでした。

その段階での市場環境と財務内容の厳しさは,8月の日経ビジネスで指摘されています。

過剰生産のリスクと機会損失のリスク

アップルが工場を持たないファブレスなのは,需要変動のリスクを負わないため。技術進歩が急速な製品では,わずかな過剰生産でも,価値が急速に毀損する在庫の山になります。

そのリスクをサプライヤーに負わせれば,自社は得意分野である開発力に特化して,収益を安定化できる。アップルの強さの源泉の一つが,そのリスクの分担にあることは,言い古されました。

ただしその強みは,需要に応じた生産がなされてこそ。需要があるのに生産ができなければ,今度は機会損失が深刻です。開発力で勝負するファブレス・メーカーと,生産設備で勝負するサプライヤーとの交渉力は,需給動向でめまぐるしく変化します。

8月の日経の記事では,iPhoneの販売は6sの売れ行きなどから予測して,弱気の見通し。それがわずか数ヶ月で増産要請に変わった理由は,サムスン製スマホの発火事故によるiPhoneへの需要シフトと言われています。アップルにとっては敵失ですが,少しのショックで需要が大きく振れるこの市場,一寸先は闇です。

液晶パネル工場でシャープ以外の集積

ジャパンディスプレイは,日立・東芝・ソニーの液晶パネル製造会社が,政府系の産業革新機構の出資で統合したもの。後で,パナソニックの千葉・茂原の工場も合流しています。そこで,シャープ以外の日本の液晶陣営が集まった格好。

その工場は以前から周辺に2つあって,今回が川北町の石川工場,能美市の能美工場に続いて3つ目。これらは車で15分ほどの間隔に点在し,中小型液晶パネルの生産拠点が集積します。

昔と違う北陸の製造業

石川の液晶パネルがアップルへの納入で伸びてくれば,北陸のものづくりの様相も変わりそうです。地域ごとに製品の生産額・出荷額を調べている経産省の「工業統計調査」から,工業出荷額を。

北陸新幹線関連4県の工業出荷額(億円:2014年)
  1位 2位 3位
新潟 米菓 有機化学工業製品 塗工印刷用紙
1918 1089 X
富山 医薬品製剤 住宅用アルミサッシ アルミ押出品
2991 1120 871
石川 建設機械・鉱山機械の
部分品など
ショベル系掘削機 他に分類されない
電子部品・デバイスなど
1630 X 1079
福井 駆動・伝導・
操縦装置部品
固定コンデンサ アルミ圧延製品
1158 992 918

出典:経済産業省,「工業統計調査」,品目編,第4表,平成26年調査分
注意:χは,該当する事業所が2以下の場合に,出荷額や在庫などの秘密が漏れないように数値を秘匿しているもの*2

新潟は上越新幹線では,と思われるでしょうが,2位の製品の有力メーカーである信越化学とデンカは,北陸新幹線の上越妙高駅と糸魚川駅の最寄りに工場があり,本社はいずれも東京。両駅のビジネス客は,この2社関連が鍵です。

上位はすでに繊維ではなく各県の特徴が

沿線の製造業では,金額で最高額となる富山の医薬品とアルミ関連が特徴的。医薬品は高齢化で国内需要が増えていく数少ない産業。さらに,厳しい規制により,輸入品との競合がほとんどなく,国内生産の持続が見込めます。富山の強みはそこです。

石川はブルドーザーやパワーショベルなどの建機と電子部品が強いところ。新潟は米菓が日本で突出して1位ですが,他に化学が有力。福井は,すでに自動車部品と電子部品が上位です。

なお,製品よりも企業名を挙げた方がわかりやすく,それは脚注に*3

液晶パネルが石川の上位に出現か

石川の3位には,現在も他に分類されない電子部品が挙がっていますが,工業統計調査では液晶パネルという製品項目が別にあります。そこで,ジャパンディスプレイの白山工場が伸びてくると,それが上位に浮上します。たとえば,シャープの亀山がある三重県は,こんな具合。

工業出荷額(億円:2014年)
  1位 2位 3位
三重 液晶パネル モス型集積回路
(記憶素子)
軽・小型自動車
8256 X X

亀山工場は規模が大きく,大型のパネルも手がけるとはいえ,液晶パネルがいかに高額の出荷額になるかがわかります。2位は東芝の四日市で,わかりやすい製品がSDカード。3位の自動車は,本田技研の鈴鹿とトヨタ車体のいなべです。それら金額は,政府統計としては律儀にXです。

調達が域外からでも,給与所得は地域の消費に

日経などの報道によれば,白山工場の当初の雇用は約250人。典型的な装置産業で,出荷額に比べれば,雇用は少ないのですが,その分労働生産性は高く,平均給与は726万円*4。従業員に発生する新たな給与所得は,単純な積なら18億円台。もちろん,職種により給与は異なるため,これは一つの目安です。また,約2倍までの拡張の用地が確保されていて,需要次第で従業員数もこの倍程度まで膨らむ可能性があります。

半導体工場の設備や原材料の調達は域外からが多く,そこでの地域への波及効果は限定的。それよりも,従業員への給与所得が地域の消費を拡大する効果の方が大です。

北陸の交通事情では,幸いなことに大都市圏への流出はわずかで,その消費の大部分がこの地域にとどまります。車で1時間の範囲では,最大の都市が金沢だからです。金沢が同じ人口規模の地方都市に比べても,商圏人口が大きく,小売店や飲食店が維持される理由はそこです。

税収増が見込める白山市

地域にとってもう一つの期待は,白山市の税収です。実際,シャープの亀山工場が高稼働で,業績が好調だった平成17年度から22年度までの亀山市は,地方交付税の不交付団体になっています。簡単には,国の支援がまったくなくても,市内の税源だけで維持できる自治体という意味。それほどに,液晶パネルは高付加価値で,高稼働率を保てれば,収益に大きな貢献をする製品です。

ただし,亀山はその後の生産調整があって,立地の補助金の取り扱いなどをめぐり,困難な交渉がありました。稼働してこそ雇用と税収が伸びる工場で,稼働状況に応じた行政の対応については,亀山の事例の研究が望まれます。

この点で安心できるのは,白山市には,人口11万人とは思えないほど,高収益の工場や上場企業の本社が複数存在すること。同じ電子部品・製品では金沢村田製作所やEIZOの本社・工場,他に上場企業で,工作機械の高松機械,石川県の上場企業で時価総額トップであるクスリのアオキ本社。さらに,歯科向けネット通販を成長させTOKYO PRO Market上場を果たした歯愛メディカルの本社があります。異なる分野の企業が業績をあげていることは,今後とも,市の財政のリスク分散に寄与しそうです。

ただし,自治体合併はますます困難に

一方で,企業立地とその税収では,白山市がますます伸びる構図。白山市は,通勤・通学・買物で普段に行き来する,金沢市までほぼ一体の都市圏で,自身が合併による発足ですが,多様な組みあわせの合併案がくすぶっては消えた地域です。最近でも,中枢都市を金沢市として,白山市,野々市市,内灘町,津幡町,かほく市を加えた,人口723,223人の石川中央都市圏連携協約が,2016年3月28日に締結されています。これは商圏の実態と合っています。

これらは金沢駅から車で約30分の範囲で,そこに6つの自治体が併存します。県庁所在都市ではもうあまりない,細切れの構成。経済的には一体なのに,これら自治体が大合併できない要因の一つは,周辺自治体の方に有力な事業所とくに工場が多く,その財政が比較的堅調だからでしょう。

石川県では顕著な例が,回りを囲まれても,人口6千人台で町を維持する川北町。同じくジャパンディスプレイの石川工場が,東芝時代からあるためです。人口に比べて,付加価値が高く税収に貢献する大工場があると,財政は潤沢で,合併しない道が選ばれます。

今回のジャパンディスプレイ白山工場の本格稼働で,白山市の税収は大きく伸びる可能性が高まり,金沢市などと合併する誘因はさらに減少しました。新潟市や富山市の人口が大きく伸びた「平成の大合併」でも,金沢市はどことも合併せず,昭和37年の森本町の編入が最後。白山市の大型工場の稼働の影で,金沢の合併がますます遠のくことにもなりそうです。

*1:日本経済新聞,「アップル決算,日本株への影響は」,10月26日

*2:2事業所でも数字を伏せる理由は,自社と地域全体の情報がわかることで,引き算で競合他社の状況がわかってしまうからです。ただし,3事業所でも,うち2つが同じ企業グループの場合などは,わかってしまうのですけどね‥

*3:新潟は,米菓が亀田製菓,岩塚製菓,越後製菓,サトウ食品などと日本で突出した集積。有機化学は信越化学,デンカ,クラレなど。紙は北越紀州製紙。そのほか,製菓関連でブルボン,二輪車の計器で世界首位の日本精機が特筆もの。
 富山は,製薬会社が多数で,ジェネリックでトップの日医工の本社,新薬2位のアステラスの生産子会社アステラスファーマテック,原料や製造受託でダイト,一般向けならムヒの池田模範堂などと書き切れません。アルミ製品はYKK AP,三協立山で,住宅サッシの大半は富山県の生産。このほか,製品が複数の品目にわたるため,統計では上位に現れませんが,ロボット関連の不二越の規模は有数です。
 石川は,建機のコマツ発祥の地でその基幹工場の1つが粟津,新工場が金沢港にも。電子部品では金沢村田製作所,PFUなど。関連してハイエンドのモニタでEIZO,周辺機器でファブレスですが,アイ・オー・データ。ほかに,間仕切りで,小松ウオールとコマニーが国内シェアを二分。特筆できるものに,ボトリングシステムで首位の澁谷工業,炭素繊維で東レ石川工場と東レ系の小松精練,機雷の石川製作所があります。
 福井は,トルクコンバータのアイシンAW工業,コンデンサは福井村田製作所,アルミはUACJ(旧古河スカイ)です。ほかに,多角化のため品目で上位なりませんが,セメント販売で国内首位の三谷商事から,コンクリート・パイル生産の三谷セキサンに展開したグループ。自動車のシート素材で有力なセーレンなども特徴的です。

*4:有価証券報告書,平成28年3月期