食も文化:世界遺産で見直される和食
金沢生まれ金沢育ちで東京にいると,金沢で人を接待したいのだが,どの店がよいかという話をよく聞きます。これはご予算と条件(個室かカウンターか)次第なので,この記事としておきます。
金沢は日本料理店の多い街です。理由の一つは,もともと料理店の多かった百万石の城下町が,太平洋戦争の空襲を受けなかったため,戦前の名店がいくつも残ったこと。他の理由としては,漁港に近く,かに,甘えび,ぶりなど日本海の魚介が,時代を問わずに使われたこともあるでしょう。
日本料理・和食の価値は,ユネスコの無形文化遺産「世界遺産」として認められ,見直されてきたところ。食も文化で,貴重な観光資源と考える金沢市には,料亭を対象として毎年支給される補助金があります。客には関係ないようですが,どういうお店が基準を満たすのか,参考にできます。また,市の財政からの補助なので,利用すればその恩恵を,ごくわずかでも間接的に受けられます。
補助の要件は創業百年か戦前の建築
補助の要件は当然厳しく,次のいずれかが求められます。
- 100年以上の営業
- 戦前の和風建築で30年の営業
後述の山乃尾のように再興でもよいものの,戦前に何らかの基盤があることが必要条件です。
さらに,補助金が増額される要件として,
- 建物が延床面積1000m2以上
- 庭が100m2以上
- 料理人を5人以上雇用
があります。たしかに,条件を満たしたところには,なるほどと思われる店構えとしつらえがあります。
そのリストは,「金沢もてなしの伝統文化資産認定店舗」として公開されています。各店にはプレートが授与されていて,一例はこちら。
プレートが置かれている場所は各店さまざまで,店内の飾り棚や廊下などに掲げてあるお店もあります。
基準を満たす料亭のリスト
このうち,(旅館業よりも)会席料理を主体とするお店は,あいうえお順に,
浅田屋★,大友楼,かなざわ石亭,金城楼,
です。参考のため,★マークは,2016年6月刊行のミシュラン富山・石川(金沢)版によります。他の星付き店は,以下の記事に。
金沢市の認定料亭のうち,ミシュラン星付き率は50%。それは補助時点ではわからずに,2016年5月末にフランスからの便りではじめてわかった話。金沢市の見識と打率はなかなかのもので,グッジョブです。全国各地で工場立地などに出ている補助金とは別方向での,経済効果をもたらしているでしょう。
リンクは原則としてお店のウェブサイトです。自前のホームページがあるお店なら,遠方から個人で突然予約しても,まず間違いはないです。それが,広く予約を受けますというメッセージです。なお,ごくわずか,今でも自前のウェブサイトをもたない料亭も,星付きも含めてあり,それは他の紹介ページをあてました。それもひとつの経営方針でしょう。
この他に,旅館が主体のお店として,すみよしやがあります。ただし,宿泊より料理を求めるのなら,上のお店の範囲で決めて大丈夫かと思います。
料理の相談も予算の範囲で
予約の際は,コースになっている会席料理なら,食材などの好みが尋ねられることがありますから,まとまる範囲で伝えるのがよいです。
金沢は,地理的にもともと関西からのお客さんが多い街で,現在もお客さんの半分弱は関西からです。そして,店主や料理人の方々は,京都など関西の料亭で修行された方や,関西の調理師専門学校から料理歴がはじまった方が多く存在します。それで,東西どちらの味覚にも合わせられる街です。
たとえば,だしは,関西では昆布の割合が高い一方,関東ではかつお節やまぐろ節の割合が高く,味が違ってきます*1。はもやすっぽんは関西でよく使われますが,関東ではあまり使われません。また,お弁当などの焼き魚の定番は,東はさけやさわらであるところ,西に行くほど,ぶりも使われる傾向があります。そういう視点での食べ比べは,面白いところです。
金沢の料亭を紹介した記事の一例として,以下を挙げておきます。
写真がないと寂しいので,過去に撮ったものから何店か。
金茶寮★
加賀藩家老横山家の邸宅と千坪余りの庭園をもとにしていて,写真のような江戸時代建造の
金城楼
つば甚から分かれて創業の沿革で,金沢の料亭でもっとも広い間口と金屏風に長い歴史がうかがえます。ひがし茶屋街最寄りの橋場町バス停すぐの好立地でいて,枝を裾まで広げた槙など,広がりのある庭があるのが特徴。
宿泊のほか,食事だけの利用でも,コースを選んでウェブサイトで予約できる仕組みが,お店のページに導入されています。また,一休レストランからも予約が入ります。
カウンタースタイルの天ぷら店・天金が同じ庭を望む敷地内にあって,値頃感のある利用にも応えられます。
山乃尾
ガイド本に登場するひがし茶屋街の定番写真で,茶屋建築が両側に並ぶ道の突き当たり,上の山はどうなっているのか?その疑問の答が,こちらの料亭です。この山門をくぐるアプローチと,茶屋街を見下ろす景観は,北大路魯山人が一時金沢に住んでいて,ここに訪れていた頃から。庭園に各棟が分かれていて,一棟を一組に限る「一客一亭」の流儀がひがしで守られています。
壽屋
近江町市場徒歩圏の尾張町の立地で,町家を改めた建築。玄関からの吹き抜け様の大階段と,整ったしつらえが印象的。金沢の料亭のネット発信では,店主のtwitterやブログがもっとも積極的で,はじめてでもわかりやすいところ。
杉の井★★
犀川河畔に広いお庭をもち,1階はそれと一体化した茶室様の個室が並びます。しつらえだけで,このまま時が止まって欲しい空間。この料亭で最後をしめる自家製のくずきりは,21世紀美術館徒歩圏の柿木畠に和カフェ・つぼみとして出店されています。
つば甚★
金沢で江戸時代から続く,もっとも歴史ある料亭。犀川を見下ろす立地に,逸話のあるお部屋がいくつも。とくに,室生犀星が芥川龍之介を招いてもてなしたことなど,時代の重みを感じるお店。それを書いた室生犀星の私小説「杏っ子」は,そのうち記事にしたいところ。JR東日本のCMで吉永小百合が訪れているのも,こちらの「月の間」。
つる幸★★
近江町市場至近で,北陸の魚介類を関西での修行で活かす料亭。たとえば,旧来の金沢ではあまり使われなかった,すっぽんのお椀などは,その関西の方向性。蟹みそを茶碗蒸しにあわせたものや,蟹のミルフィーユ仕立て,ラ・フランスなど果物も利用される八寸など,素材に応じた創作色もふんだんに。そのためか,ネットでの評価は金沢の料亭の中でも一段高め。
補助の基準が長い業歴なので,この他に有力店が
補助金の要件は少なくとも戦前からの歴史なので,戦後創業ではかないません。とはいえ,個室主体で会席料理が組まれ,定評のある日本料理店も多いです。各所で挙げられるのは,創業順に,
銭屋★★
繁華街にある老舗料亭で,お料理は店主の京都吉兆でのキャリアで,内外に評判が高いところ。東京・銀座にある金沢市のアンテナショップ,「銀座の金沢」の料理監修はこちらで,市を代表する日本料理店の一つと認知されています。金沢市の補助要件を満たさない理由は,建物の建造時点だけです。
最近になって,一休レストランからの予約が入るようになり,予約の利便性も増しました。
なお,銭屋の業歴は30年を超えているので,ひがし茶屋街の出店で建物が江戸時代建造の十月亭(じゅうがつや)で申請されれば,そちらが受給対象になりえます。観光がてらランチなら,そちらがリーズナブルです。
卯辰かなざわ
工芸系の異業種からの新規参入ですが,卯辰山中腹の眺望重視の建築に個室主体の構成で,会席料理が合わせられます。
おひとり様でも寛げるカウンター席でも一部は,水平線まで見通せる眺め。このときのお料理は,大ぶりな能登の岩牡蠣に,冷酒。
かなざわ玉泉邸★
江戸時代の脇田家武家屋敷と庭園を利用した近年の開業なので,営業がこれから30年に至ると補助金の対象になります。銭屋と逆のパターンです。ただし,経営母体である旅館・瑠璃光は30年を超える業歴なので,解釈によっては受給の可能性がありそうです。
ホテルの日本料理店は適用対象外
この補助金は,100年の営業か戦前の和風建築が条件ですので,ホテルの日本料理店などは,内装が和室の個室でも,適用除外です。
庭を眺められる和室の個室があって,会席料理が提供されるのは,金沢のラグジュアリー・ホテルのツートップと言えるホテル日航金沢の弁慶,ANAクラウンプラザホテル金沢の雲海などです。これも,昔撮った写真を。
- 弁慶(ホテル日航金沢)
こちらは北陸最高層30階建てホテルの6階名のですが,雪吊りも施す端正な庭を囲む日本料理店です。 -
内庭には灯籠だけでなく,冬には雪吊りも施す丁寧なしつらえ。一部にこのお庭に面した個室もあり。鮨カウンターは,のどぐろの蒸し寿司など創作性の高い太平寿しに委ねられ,会席料理と鮨を組みあわせたコースもあるのが特徴。 - 雲海(ANAクラウンプラザホテル金沢)
こちらも高層ホテルの5階ながら,庭のしつらえがあります。この設計は,東京・溜池のANAインターコンチネンタルホテル東京の同名の日本料理店・雲海と同様です。 - 窓側席からは,階上の庭園のことじ灯籠を。一部にこの庭を眺める個室もあり。
コスパなら,料亭からスピンアウトした料理店も
料亭は,店構えや和室のしつらえ,お庭に相当のコストがかかります。しかし,建物やしつらえ,庭などを問わないのなら,それら料亭で修行され,独立された割烹などに,お得感もあります。
そして,上記料亭が,金沢周辺の幅広い日本料理店の養成機関になっているのは確か。それでいて,ミシュラン星付きも何店か。補助金の目的は,百年単位の伝統文化の継承でしょうが,現実には教育機関への補助金と同じような機能を果たしています。
網羅はとてもできませんが,金沢周辺では,あいうえお順で,
- 浅田屋→いけ森★,五十嵐
- 金城楼→まほろば(金沢白鳥路ホテル),
土青 (緑草音 ) - 金茶寮→たな華,仁志川
- 杉の井→
菜喰安心院 - 銭屋→雅乃,いけの,小松★★
- つば甚→しげ乃木,口福よこ山
- つる幸→利久,鈴おき★(白山市),かなざわ玉泉邸★→片折
- 山乃尾→蓮(白山市)
などが聞く例です。教えていただいた皆様,ありがとうございます。
文字だけでは寂しいので,郊外の住宅地ですが,何度か行ったお店の写真が残っていたのを1枚。
- 利久
フジテレビ系で放送された「料理の鉄人」で,挑戦者として1勝1分のお料理は,そのしつらえとともに,今なお店名の割烹の域を超えています。
なお,競業となるキャリアは,広告なら書かないのが不文律で,このブログのような一利用者を経て伝わるしかありません。しかしこの慣行は今一つ謎で,優秀な卒業生に学歴を言われたら困る学校などないと思うのですが。そんなわけで,伝聞では網羅は不可能で,気付いたところを追記していくまま,永遠に未完です。
*1:昆布にはグルタミン酸が大量に含まれ,鰹節にはイノシン酸が大量に含まれます。両者がうまみ成分の双璧です。双方をあわせることで,うまみに相乗効果が生じることも確認されています。
ただし,その割合には,好みの差ができます。知られた例では,同じ銘柄のカップうどんやそばも,販売地域が東日本か西日本かで,だしが使い分けられていること。たとえば最大手の日清食品の通常のカップうどん・そばでは,原材料表示の末尾の記号EとWで見分けが付きます。東京・名古屋はE,大阪・京都はWで,金沢はWです。そのページのように,嗜好の境界は,太平洋側だと関ヶ原ということが,様々な調査で知れています。日本海側は,これといった調査がないものの,東西の流動がもっとも乏しくなる新潟・富山県境と考えるのが自然でしょう。
うまみ成分は他にもあって,日本料理で決め手となるのは,えび,あわび,ほたて,うにに多く含まれる、おだやかな甘味のあるアミノ酸,グリシンです。だし汁にうにやえびを使った先付や,えびの真丈のお椀などが,クリームもオイルも使わずに,独特のおいしさをもたらすのは,以上の三つが揃うからです。